今日勢いを増す有機・オーガニック。しかしその正確な知識は広く普及しているわけではなさそうです。今回は「オーガニックは本当に環境に良いのか?」という疑問に答えていこうと思います。
農業と環境問題は切っても切れぬ関係。まずはその基本的な知識を振り返ります。
農業の現在値
今や世界の農業は80億に迫る人口を養う一方、様々な環境悪化の原因となっています。
農業は温室効果ガスの25%〜33%を排出し、
地球の地表の40%を使用し、
世界の淡水消費の70%を占めます。
これは紛れもない事実で、多様な生態系を減少させ、土壌を酸性化させる今般の農業は紛れもなく環境破壊と言えるでしょう。こうした影響は、肉食中心の食生活への移行によって今後数十年の間に世界的に増大する可能性が高いとされています。
増加する世界人口に十分な食料供給を行いながら農業が環境に与える影響を低減していくには、人々の食生活と農業生産、そして環境の悪化との関連性を理解する必要があります。
これを定量化し比較検証したのがClark, M & Tilman, D. (2017)のLCA分析です。今回はこの文献を元に考察を進めていきます。
LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)とは?
LCA(ライフサイクルアセスメント)とは、製品やサービスにおける原料調達から、廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通しての環境負荷を定量的に評価する手法で、環境に対する影響を説明する上で国際的に認められた分析方法です。
当該論文では、公表されている164のLCAから、90以上の食品について742の食料生産体系を統合し、様々な食品の環境影響をメタ分析しています。
有機農業は農業の環境負荷を削減する方法として提案されてきた側面があります。化学農薬や化学肥料の代替として生物農薬や堆肥をはじめとする有機肥料を使用するため、慣行農業に比べて環境への影響が少ない、環境にやさしいとしばしば宣伝されてきました。
そして今まさに、安全で健康に良いという謳い文句と連なって環境への優しさが並び、「オーガニック給食」の機運が高まっています。
しかし、それらが頑強な根拠によって支持されていることは意外にも少ないという現状があります。
この有機農業と環境農業の比較検討では、近年LCAの件数が増加しており様々な環境指標や食品における有機農法と慣行農法の比較影響について、より正確な分析が可能となってきているようです。
環境評価の概要
比率が1より大きい場合は有機農業の影響が高く、比率が1より小さい場合は慣行農業の影響が高いことを示しています。バーは平均値と標準誤差です。
まずは環境指標の説明をしましょう。
本分析では、温室効果ガス排出量、土地利用、エネルギー利用、酸性化の可能性、富栄養化の可能性の以下5つの環境指標を用いています。
温室効果ガス排出量(GHG)
二酸化炭素に加えメタン、亜酸化窒素を二酸化炭素換算した温室効果ガス排出量。
エネルギー使用
肥料生産、インフラ建設、機械使用等を含む農業生産活動で使用されるエネルギー。
土地使用
食料生産に使用される土地の面積。
酸性化潜在性
二酸化硫黄に加え窒素酸化物、亜酸化窒素、アンモニア等を二酸化硫黄換算した生態系における潜在的な酸性度上昇の数値。
過剰な酸性化は、植物の栄養同化を困難にし、結果として植物の成長を低下させます。
富栄養化潜在性
リン酸塩に加え窒素酸化物、アンモニア等をリン酸換算した生態系における潜在的な富栄養化の数値。
富栄養化は、生態系に流入する栄養塩類の増加を測定するものであり環境に大きな影響を与えます。
有機農業は慣行農業に比べて、単位食品量当たりの
土地利用が25%~110%多く(p < 0.001、n = 37)、
エネルギー消費が15%少なく(p = 0.0452、n = 33)、
富栄養化潜在性が37%高い(p = 0.0383、n = 20)これらが有意にある事がわかりました。
さらに,有意差はありませんでしたが
温室効果ガス排出量が4%低く(p = 0.5923;n=44)
酸性化潜在性が13%高かった(p = 0.299;n=26)。
具体的な”違い”
有機農業と慣行農業の環境影響の違いは、主として肥料栄養分管理によるところがあります。慣行農業が化学肥料を使用するのに対し、有機農業は肥料分の投入を堆肥に大きく依存しています。堆肥の施用は作物の養分需要ではなく、環境条件に応じて養分を放出するため養分の利用可能性と養分需要との間に時間的ミスマッチが生じることが多い。
その結果植物に吸収されない養分の割合が増加するので、有機栽培におけるこうした時間的ミスマッチは作物の生長と収量を低下させ、結果的に土地利用を増大させる原因となります。さらに植物の生育に取り込まれない栄養塩の施用は富栄養化と酸性化を引き起こし、それによって有機農業では富栄養化の可能性が高くなり,酸性化の可能性も高くなる傾向があると言えます。
これとは対照的に、有機栽培ではエネルギー集約的な化学肥料や化学農薬の投入への依存度が低いため、エネルギー使用量は少ないようです。温室効果ガス排出量は有機と慣行で同程度ですが、これは慣行農業では化学肥料を施用し、有機農業ではたい肥を主として使用することに起因します。
実際,慣行肥料の生産はエネルギーと温室効果ガスを大量に消費しますが,堆肥に依存する有機システムでは,養分の利用可能量と需要量のミスマッチによって、有機農業で反応性窒素の一部が温室効果ガスの一酸化二窒素に変化し、結果的に有機と慣行の温室効果ガス排出量が同程度になります。
有機農業で養分の施用を増やし、輪作やカバークロップ等の技術を採用することで有機農業と慣行農業の「土地利用」の差を半減できることが示されている点には注目したいところです。
さらに,全体的なパターンでは有機農業の方が土地利用が多いですが、有機農業ではマメ科作物や多年生作物の土地利用が同程度である一方、有機と慣行の土地利用の差は、天水灌漑システム(雨水の利用)や弱酸性土壌から弱アルカリ性土壌での栽培で小さくなるようです。
生産現場での生物多様性は有機農業でより良い傾向がありますが、これはおそらく肥料、除草剤、農薬の投入量が少ない事が一因となっていると考えられます。
また、有機農業では施肥によって土壌の炭素貯留が促進されるため土壌有機炭素が高い一方、土地使用面積が大きくなり,生物多様性と炭素蓄積量が自然生息地からの転換によって劇的に減少するため、より大きなスケールで生物多様性と土壌有機炭素に負の影響を及ぼす可能性が高いです。
まとめ
総合的に見れば環境に対する影響については有機農業より慣行農業の方がある程度優れるという結果となっています。有機農業は土地利用や富栄養化の可能性が高く酸性化の可能性も高い傾向にありますが、これを慣行農業が有機農業よりも持続可能であることを示すものと考えるべきではありません。
慣行農法はより多くのエネルギーを必要とし、人間の健康や環境に悪影響を及ぼす可能性のある高濃度の養分、除草剤、農薬の投入に依存しています。また、他の文献によっては今回とは違った見解を示すものもあります。これらの一貫しないエビデンスは、環境に対する影響を「有機」と「慣行」で語ることの無意味さを物語っています。品目によって有機or慣行による影響にかなりの差異があることもこの見解を支持できるでしょう。
それらを理解した上で、それでもなお、慣行、有機、その他の農業システムの利点を統合した生産手法を開発することは、より持続可能な農業の未来を創造するために必要だと思います。
有機食品の方が優れている、あるいは環境への影響を減らす理想的な方法であるという一般的な認識は、明らかな誤解です。
オーガニックかコンベンショナルかという議論は、食生活の選択においてより大きな影響を与える他の側面から目をそらすことが多いです。食生活が環境に与える影響を減らすことを考えるなら、何を食べるかは、それがどのように生産されたかよりもはるかに影響力があるのです。
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