前回記事では実際にFAOのサイトを活用して農薬使用量の実態に迫っていきたいと言っておきながら色々横道に逸れてしまいましたが、今度こそ農薬の真実とやらを垣間見ることができるはずです。
今回のデータは是非皆様にも活用していただきたいものになりそうです。
条件を確認
① 国名(countries) :全ての国(除外国込み) ② 要素(elements) :耕地面積あたりの使用量 ③ 種目(items) :農薬(総量) ④ 年度(years) :2010年から2020年
上記の条件で作成していきます。
①に関しては、農薬使用量と耕地面積のデータがありながらも Pesticides indicators から除外されていた国をメタデータから計算して組み入れます。
②と③は特に変化はありませんが、ちょっと作業量に目眩がしたので④の年度に関しては2010年から2020年に少し短縮しました。まあ、あまりに年数が多くてもグラフが見にくくなるだけですので決して妥協ではありません。決して。
結果と考察
…何これ???
と、それもそのはずです。フェロー諸島(デンマーク領、333.29kg/ha)とバミューダ諸島(イギリス領、200.80kg/ha)が他の値からかけ離れているためにこのようなグラフになってしまいました。
こう見ると上位2カ国以外大したことないな、という印象を受けるまであります。ちなみに日本は15位で、世界有数の農薬大国・農薬使用量トップクラスかと言われると微妙です。とりあえず1位というのは嘘ということになりますね。
しかしこれではグラフとして非常に見にくいです。なるほど、統計において1位と3位の差が10倍以上もあったら何かと支障をきたしますから、フェロー諸島とバミューダ諸島に関してはなぜ「外れ値」として除外されていたかがよくわかりました。
さてでは、それぞれデンマークとイギリスの海外領土であるフェロー諸島とバミューダ諸島を除外して再加工してみましょう。
こちらがフェロー諸島とバミューダ諸島を除外したグラフです。如何でしょうか?先ほどのグラフとは似ても似つかない見た目になりましたね。こういうものが統計の取り方、捉え方によって都合よく見え方を変えることができるという良い例とも言えるでしょう。
さて、グラフからは日本の耕地面積1ha当たりの農薬使用量は11.89kg/haであり、世界第13位となります。オランダや台湾、エクアドルやイスラエルと近い値になっているようです。日本が「農薬まみれ」ならば、これらの国々も軒並みまみれていることになる上に、日本の倍以上の値をマークしている国々をどのように形容すれば良いのか、甚だ疑問ではあります。
ところで、トップクラスの定義とは何でしょうか。何位までのことを言うのか調べてみましたが、上位5%だったり、母数がいくつでも上位10つまでのことを指したりと明確な定義は得られませんでした。
分かりやすいかどうかは分かりませんが、約4.7haの東京ドームに、約55kg分の農薬を満遍なく使うというのが今回の単純な計算式ということになりますね。10a(1反)の畑に年間約1.2kgの農薬で合ってますでしょうか。少なく感じるか、多く感じるかは個人差ありそうです。
世界には全部で206の国家(台湾など独立国と考えられている地域を国家と考え計算した総数)があります。その中で13位となれば確かに単純に計算された「耕地面積1ha当たりの農薬使用量」はトップクラスなのかもしれません。
しかしです。
FAOにデータのない国がある
FAOから算出できる当該データの総数は168。と言うことは206ある国のうち、38カ国のデータは明らかになっていないと言うことになります。データのない国の一部を下図にまとめました。
如何でしょうか?
耕地面積の方はおよそ明らかになっているものの、日本が437万2000ヘクタールなのに対して、例えばナイジェリアは4150万ヘクタールと約9倍の耕地面積を持つ中で、こういった国々のデータ無くして簡単に序列を決めてしまっても良いのか、少々悩ましいところです。
ここまで調べ尽くしてきているのでこのまま続行しますが、莫大な耕地がありながらデータのない国があるということを留意しておかなければなりませんね。こうした国々が農薬を全く使用していないと言うこともないでしょうし…
面積当たり農薬使用量(kg/ha)の推移
さて、2020年の耕地面積1ha当たりの農薬使用量の序列が明らかになったところで、2010年から2020年にかけての各国の推移を見てみましょう。単年だけでは得られる情報も限られています。時系列を追って国ごとの数値の変遷を見ることで何かわかるかもしれません。
グラフが見にくくなってしまうので上位30カ国に絞って作成してみましょう。
日本どこ????
やってしまいました。棒グラフの時と同様、外れ値である上位2カ国があるとこんな風になってしまいます。フェロー諸島とバミューダ諸島以外の国々はもはやカラフルな帯となって有象無象、ドングリの背比べ状態です。流石にこれだと分かるものもわからないので、上位2カ国を先の通り除外して作り直します。
如何でしょうか?
こうして見ると、日本が農薬大国であるかと言われると必ずしもそうとは言えなさそうです。
ちなみに「中国と並んで農薬使用量が多い」なんて噂もありましたが、中国は近年まで農薬の使用量を製剤ベースで測定していたため、有効成分ベースの測定に修正したこともありランキング上位から姿を消しています(全土計算で第78位)。こちらについて中国政府の出す指標は信憑性が低いことで知られているので何とも言えないところではありますが、どちらにせよ中国と並ぶ農薬大国というわけではなさそうです。
まとめると、10年間のスパンで見ても日本は世界168カ国中13位と上位10%に入りますが、他国と比較してもそこまで常軌を逸脱したような農薬使用量ではない、と言うことは確かなようです。
そしてこの順位は、あくまで単に耕地面積1ha当たりの農薬使用量を各元データから算出しただけのものであり、実際には国単位どころか農家によってバラバラであることは至極当然のことでしょう。国ごとの傾向を掴む程度にしておくのがベターでしょうし、これを以て「農薬まみれ」とはまず言えないと思います。
加えて、この統計は必ずしも「上位の国では農薬が濫用され、下位の国では農薬を使わないように努めている」というわけではないという事を決して忘れてはならないでしょう。
結びと更なる探究の必要性
当然ですが、害虫や病害は発生しやすい環境というものがあり、国の気候風土によって病害虫が発生しやすい・しにくいという実態があることはゆめゆめ忘れてはいけません。砂漠より海に囲まれた南国の方が、どう考えても病虫害は発生しやすいでしょう。
また、国ごとに得意とする農作物があります。その品目によっても使う農薬の量は大きく違ってきます。蔬菜類より穀物の方が農薬使用量が少ないのは一般的に知られていると思いますが、単一作物ごとのデータが拾えない以上、あくまで推定にはなってしまうもののある程度主要農産物を勘案して答えを探す必要があると思います。
さらに、各国の経済状態もしっかりと見ていかなければならないと考えています。農薬を使うのにもコストがかかります。規模が拡大すれば機械を導入するコストもかかりますし、人件費も嵩みます。そういった国ごとの事情を加味せずに早計な判断をしてしまうのは望ましくありません。
グラフデータの内実を紐解くために次の事を更に調べていこうと思います。
① 地理的な要素 ② 経済的な要素 ③ 主要な農産物 等
上記に加え、農家として現場目線での考えや知見も適宜組み込みながらそれぞれがそれぞれの順位たる所以を詳らかにしたいですね。
今回はあくまでFAOの統計から数値としての実態を解明したに過ぎません。決してこの結果だけで断言することなく、今後はこの数値の背景にあるものをさらに深く調べあげ、上位たる所以、下位たる理由をできる限り正確にとらえることに注力しようと思います。
本記事にあるグラフ画像は自由に転用して頂いて構いません。ただし、この結果を「農薬は安全だ!」ないし「農薬は危険だ!」という趣旨の発信に用いることは是非思い留まって頂きますようお願い申し上げます。明らかなデマに利用されているのを発見した時は是非私(@IaaIto)までご一報を。
極限まで妥協しない農薬調査は、もう少し続きます。
しかし今回はここまで。ありがとうございました。
コメント
興味深い記事をありがとうございました。数値を拝見するとご指摘の通り温暖な国の使用量が多いようです。平均気温などで補正をするとかなり一律になりそうですね。そもそも使用量は決まっており、農家はそれに準じているはずです。