先に開催された「令和の百姓一揆」。東京都心を含めた全国数カ所で一部の農家さんたちが結集し、一般の方々も参加しながらトラクター行進が行われました。
この百姓一揆の主催者側が絶えず喧伝していたのが「農家は時給10円!日本農業が潰されようとしています!」という主旨の訴え。
以下に引用します。

この「時給10円」はその衝撃的な数値から農業に詳しくない方々の耳目を集めたに違いありません。ですが、この統計は令和の百姓一揆を行う上での大義として掲げるのに本当に相応しいものなのでしょうか。
農業という業界に身を置いている私の感覚からすれば随分と現場と乖離した数値というのが正直なところ。そこで、今回はこの時給10円がどのような数値なのか、詳しく調べていきます。
出典は農林水産省

「令和の百姓一揆」のHPから、時給10円の出典は「農水省 営農類型別経営統計 稲作 2022年」であることがわかります。
実際に統計から表を作ってみると、確かに時間あたり農業所得、すなわち時給10円の数字が出てきます。しかし、ここでいくつか疑問が浮かびます。
疑問① 全農業経営体で良いのか?
営農類型で法人等を含む「全農業経営体」を選んでいるのはなぜでしょう。法人と個人では労働時間の定義も違うでしょうし、法人で時給10円ともなると百姓一揆どころの騒ぎではありません。
それに個人経営の方が時給換算でマイナスとなっており事態はより深刻。あえて個人経営体を選ばなかったのは「時給10円」が余程キャッチーだったのかと邪推してしまいます。
疑問② 経営面積で随分数値が違うけど?
農業経済の研究や農家の実態調査では、20ha前後から「中核的農家」として経営が安定し始めるとされています。もちろん一概には言えませんが、農水省やJAのデータでも10ha以下では厳しいケースが多く、20haを超えてくるあたりから機械化や効率化の恩恵を受けやすくなると指摘されています。
これを踏まえると、全ての経営体で平均を取るとあまり実態を正確に把握できなさそうなのは自明。統計にも「作付面積20ha以上」と項目を分けて設けられているほどなので、どちらもしっかり見ていく必要があるでしょう。
翻って全農業経営体における農家の時給は
① 全国平均 10円
② 作付20ha以上 685.9円
です。①と②がかけ離れすぎていてなんだかよくわかりませんね。
R4→R5で時給は大幅増

次に、昨年12月24日に令和5年の最新データが更新されていました。令和の百姓一揆の呼びかけが始まったのは今年1月頃ですから、広報計画的に更新が間に合わずそのまま時給10円を使ったのだと思います。
R5年で見ると各項目の時給換算は増加傾向です。当然、今後の宣伝に万一使うのであれば「時給95円」になるのでしょうか。まさかそのままではないでしょう。
個人経営体で考える

令和の百姓一揆ではほとんどの農家さんは個人経営体であったようです。それに準い個人経営体で時給を考えてみましょう。現地では「修理代も出せない、だって時給10円だから」とにこやかに話す農家さんもいたほどですので、現在値をしっかり把握しておく必要があります。
平均ではR4年には赤字だったのが、R5年には時給52円程度に跳ね上がっています。それよりも、20ha以上経営をしている農家さんの時給がR5年には1765円と中々驚異的でびっくりしますね。
基本的にどちらもR4年からR5年にかけてより深刻になっているというよりは漸次的に上昇している結果となっています。平均で考えれば以前として低い数値なので「生活が厳しい!」と声を上げるだけの理由にはなるかもしれません。
それにしても「全国平均」と「20ha以上」との乖離が凄まじくありませんか?営農類型別経営統計は標本統計なので全体を網羅したものでないにしろ、どれだけの農家がどちらに属し、それぞれの時給でどのくらいお米を作っているのでしょうか。
経営体と経営面積の比較

個人経営体で話を進めますが、やはり作付け述べ面積が段違いです。当然時給も段違い。分かりやすくグラフにしてみます。

如何でしょうか?
グラフから読み取れるのは、
① 標本調査における約8割の面積を33の経営体が作付し、時給1765円で稲作生産を行なっている
② 残り約2割の面積で725経営体がひしめき合い、時給53円で稲作生産を行なっている
20ha以上の規模拡大による効率化は時給換算からもかなり重要であることが読み取れます。
もちろん、大規模化が全て正解とは限りませんし中山間等効率化の難しい地域では限界もあります。しかしながらこれを踏まえると「誰に」「どうやって」支援していくかは必ずしも1つの方法にとどまらないと私は考えます。
これらを踏まえて、「農家への所得補償」はどうあるべきかを考察します。
その前に
言い忘れるところでしたが、ここで使用されている統計の数値は専業農家(農業だけを行う農家)と兼業農家(農業外収入がある農家)、及び年金受給者資格を持つ農家を全て含みます。
本統計は30a以上を作付けし販売していればそれで1経営体としてカウントされるので、その時給”だけ”で生活をしているわけではないことをしっかり認識しておいてください。
ちなみに稲作以外の品目を栽培し収入を得ていた場合もこちらの統計には当然参入されません。
収入を部分的に見せびらかして「生活が苦しい」と宣う方はいないと思いたいですが、これは大いに一般の人が騙されうるカラクリの一つです。
まとめと考察
農家の方にも、一般の方にも次の事をしっかり認識しておいて頂きたいです。
①「全国のコメ作りが「時給10円」という状態で国に潰されようとしている」という令和の百姓一揆の主張は一般の方を騙すデマ。
② 全国の大半の稲作生産は、効率化によって時給換算でも高い金額(1500円以上)をキープしている。
③ 「時給10円」はR5年ではすでに95円であり、またこれは「農業」全体に当てはめることのできる数値ではない。
④ 「時給10円」は専業農家・兼業農家・年金受給者を含む統計。他品目の生産販売収入も別。
以上から、安易な所得補償では何の解決にもならないと私は思います。無論、全ての農家に所得補償など論外です。それは先ほどの時給計算でお分かり頂けたと思います。
その上で、特に継続経営が必至の酪農等の畜産業や果樹産業等への手厚い所得補償(生産実績に応じた可変型の補償+業態の維持管理に基づく基本的な補償)があっても良いのではないでしょうか。その他の農産物に関しても「最低価格の保障」はあってもいいかなと思いますが、水準の設定は割と難しそうな気がします。
ともあれ、今回の令和の百姓一揆では「農家は時給10円」が案の定一般の方の間で一人歩きを始めてしまい、本当に支援を必要とする部門や品目の方の声は埋もれてしまっていたと感じました。
「食と農を守ろう」そのフレーズは良かったと思います。しかしその次が「農家は時給10円」では、今後どのように説明して一般の方に理解を深めてもらうつもりなのでしょうか?もし実のところをじっくり解説したらどうなるでしょうね。
参加者の収入を時給換算して掲げてもらうのも良いかもしれません。
思うに、注目を集めるために去年共産党が恣意的に作って国会で意見して出た「時給10円」を看板に掲げ続けるのはあまりにも不誠実ですし、上述したように現場の実態とかけ離れており消費者を騙しているのと同義です。
このような非常に恣意的で歪められた統計を利用し続けてしまうと、本当に伝えたいことも伝わらなくなってしまうのではないでしょうか。またデマを使えばそれ相応の人たちが周りに集まってきます。
そうして信頼を失くし本質を見失い政争に利用されるのは参加した農家の本意でではないはず。
今一度、デマや偽科学から距離をとって真摯に、理路整然と声をあげていって頂けたらと、老婆心ながら思う次第です。
トンデモから、距離を取ろう。
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