「食料自給力+α」談

農業

さて、参政党が公約に掲げたカロリーベース食料自給率100%達成(以下、自給率の文言はカロリーベースを指す)の具体的内容をお聞きして1ヶ月以上経ちますが、未だ数多くいる党員及び議員からの回答はゼロ。参政党HPに直接問い合わせても音沙汰なしです。

一国民の質問にここまで言及を避ける事は疑問ですが、僭越ながら私から食料安全保障において何が大切なのか、意見させて頂きたいと思います。参政党の方々には釈迦に説法かと思いますが是非参考にして頂くことを希みます。

カロリーベース自給率の問題点

以前からカロリーベース自給率は「今どれだけ輸入に依存しているか」の目安であり、それは我々国民の「消費の割合」であるとお伝えしていますが、かの指標には限界があり、無条件に問題視するのは不適当な側面があります。理由は2つ。

1つ目は「カロリー偏重」の指標であること。カロリーだけを重視するため、栄養バランスや野菜・果物等の多様性といった「食料の質」を反映できません。たんぱく質や脂質、ビタミンなど人間には他にも必要な栄養素がいくつもあります。

実際、日本は金額ベースの自給率が66%と高くヨーロッパ諸国並みですが、カロリーベースで38%と低く出るのは安価なカロリー源である輸入穀物への依存によるところが大きいのです 。

2つ目は「平時偏重」の指標であること。この指標は日常の食料消費パターンを基にしているため、戦後から現在に至るまでの米消費の低下、肉・油・小麦食品の選好が自給率の低さを助長しているのです。あくまで平時の安定性を示すカロリーベースの計算方法を採用しているのは日本と韓国といった数カ国だけで、FAO(国連食糧農業機関)はすでにこの指標を使用していません。

有事と国内需給完結のリスク

ところで、「有事」とは何でしょうか?おおよそ戦争、災害、貿易の停止などを指すもので間違いないでしょう。実際日本の場合、これら有事においては平時の指標である食料自給率はあまり意味を持たないのです。日本はそもそも国土における農地の面積が非常に小さく、地震や台風などの自然災害が多いため、国内で食料需給を完結すること自体がリスクになります。

また資源輸入国であり、肥料や農薬、燃料に関しても輸入に依存しているため、「今食べている食料品がどれくらい輸入しているものなのか」という一側面的な視点は事の本質を捉えていません。たとえ平時にいくら自給率が100%であろうが、有事にそれを維持できないのであればあまり意味がないからこそ、カロリーベース食料自給率を重視する国はほとんどないのです。

大切なのは、「万一の時に、国内の潜在的な生産能力(農地・水資源・労働力・技術等)をフル活用した場合国民の食をどの程度賄えるか」を示す食料自給力を重視する事です。豊かな食環境に囲まれた彩り豊かな食卓と、災害に見舞われた地域住民の生きるための食事を、単に自給率で見比べる必要はありません。

日陰者の「食料自給力」

ただし、食料自給力は食料自給率のように分かりやすくパーセント単位で示すことが難しく、直感的に理解しにくいため政治政策の場で議論されることも、一般の方々への理解も進んでいるとは言えません。

農水省も食料自給力について説明してはいるものの、依然として食料自給率が一人歩きしているような状態です。指標として分かりにくいので、政治政策の場でもあまり語られてきませんでした。

それでも、食料自給率よりは食料自給力──あえて付け加えるならば、有事であっても外から食料を引っ張ってこられるような力、仕組み、それを実現させるための「外交戦略」が日本における食料安全保障の肝になります。

重要なのは「カロリーベース自給率の引き上げ」ではなく、いざというときの「食料自給力をどう確保・維持・即応するか」なのです。農地は少なく山がち、島国で海に隔てられ、生産を担う農家は高齢化が顕著と、日本の農業の抱える課題は山積しています。本当に必要な政策を速やかに実行に移していかなければならない局面で、食料自給率が誤用され間違った方向へ政治が進まないことを切に願います。自給率100%は本質的に無意味です。

まとめると
「平時の豊かな食のための食料自給率」ではなく
「有事の生命維持のための食料自給力」が大切ということ

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