#68 【知識・検証】オーガニック給食を遠見して… 「環境にやさしい」ってなんだろう?

農業

品川区の一件にて

話題の品川区の給食におけるオール有機野菜化。

「農林水産省においても学校給食での有機農産物等の推進についてキャンペーンを行っているが、SDGs未来都市に選定された品川区として、子どもたちに地球環境にやさしい食材を利用することとした」

こういった趣旨で事業は動き始めているようです。しかし。

有機か慣行か…選ぶべきは「農法」で良いのか

区長はAbemaの番組において、有機農産物について「安全性」や「健康増進」についてエビデンスを求められたものの回答を避ける形となり、代わって引き合いに出されたのは「地球環境にやさしい」という点。

「おいしさ」に関しても有機と慣行に明確な差は認められない中でSDGsを引き合いに出してきたのは想定通りと言えばその通りだったのですが、さてでは農法の違いによる地球環境へのやさしさの多寡がいかほどのものなのか、知っておく必要があるでしょう。

オール有機野菜化が環境にもたらす影響

ひとくちに「環境に優しい」と言っても抽象的すぎてイメージができない方が多いのではないでしょうか?なんとなく地球温暖化で二酸化炭素が…とかオゾン層が破壊されると紫外線が…という想像はできても、実際に「環境」にはどれほどの取り組むべき要素があるのかあまり知られていないのかもしれません。

そこで、今回は Martina Boschiero, Valeria De Laurentiis, Carla Caldeira, Serenella Sala 2023. が示した最新の文献から細かくカテゴリーに分けて丁寧に確かめていこうと思います。

こちらは有機栽培と慣行栽培の比較を、ライフサイクルアセスメント研究の系統的レビューを行い検証したものになっています。以前に有機と慣行の環境影響を検証したClark&Tilman(2017)の文献も引用されています。

前回記事はこちら

今回は品川区の一件を踏まえ、野菜類の生産における地球環境に与える影響カテゴリ13つを検証してみましょう。

CC:気候変動

気候変動は最もポピュラーなカテゴリー。これはGHGと呼ばれる温室効果ガス(二酸化炭素やメタンガス)の排出による気温上昇等を原因とします。

気候変動に関しては、野菜類では有機栽培の方が慣行栽培より優れているという結果。

ここでちょっと注目したいのは稲作で、有機栽培の稲作は慣行栽培よりもCC影響が大きいのです。実際、分析した6件の研究のうち4件が有機栽培では慣行栽培に比べてCC影響が平均1.5倍高いと報告しています。有機栽培の稲作のCCが高いのは、主として稲の残渣に関連するメタン排出が多いことが原因とされています。

これは少し驚きで、給食のお米だけをオーガニック化している自治体は割と多く、この体系的レビューの情報に基づけば逆に環境負荷を大きくしてしまっている可能性が出てきます。他のカテゴリと併せて慎重な判断が必要かもしれません。

話が逸れてしまいましたが、このカテゴリにおける全野菜の有機化は一定の効果が期待できそうです。

OD:オゾン層破壊

オゾン層破壊もポピュラーな環境問題で、学校で習ったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。オゾン層が破壊されると、有害な紫外線が地上に増加し、人体や生態系に大きな影響を及ぼすおそれがあります。

オゾン層破壊に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。但しジャガイモに関しては有機栽培の方が影響が少ないという研究もあります。

PO:光化学オキシダント

光化学オキシダントとは、工場や自動車の排気ガスに含まれる窒素酸化物や揮発性有機化合物などが、太陽光線(紫外線)によって化学反応をおこして生成される大気汚染物質のこと。農業においては、主としてトラクター等の農業機械の排気ガスの影響という点ではCC(気候変動)と近いカテゴリかもしれません。

光化学オキシダントに関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

ネギに関する研究では、有機栽培では慣行栽培と比べ収量が少なく、トラクターにディーゼル燃料を多く使用するため光酸化反応の触媒として作用するNOx排出量が多くなることに起因するとしているようです。

PM:粒子状物質

粒子状物質とは、工場や自動車などの排出ガス、土壌の飛散などによって発生し、呼吸器や循環器などに影響を及ぼすものを指します。PM2.5などは一時期大々的に取り上げられていたのでご存知の方も多いと思います。

粒子状物質に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

該当する3つの研究の全てが慣行栽培を支持していましたが、やはり有機栽培の収量あたりの機械使用による燃料消費が原因として大きいといった感じですね。これはPO(光化学オキシダント)と同様。

IR:電離放射線(放射線)

一般的に放射線と呼ばれるものがこの電離放射線にあたります。電離放射線は、物質の電子を弾き飛ばすことで生体分子に損傷を与え、さまざまな健康被害を引き起こすことが知られています。

電離放射線に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

これは発電所や石油・ガスの採掘が大気中や水中に放射性物質を放出する人工的な発生源であるため、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)分析において収量あたりの農業機械の稼働時間が多くなりがちな有機栽培が不利な結果となったと推測できます。

A:酸性化(土壌酸性化)

酸性化は雨水や化学肥料、有機物の過剰施用などが原因で土壌のpHが低下することで発生します。土壌の酸性化は、農業や生態系にさまざまな影響を及ぼします。

酸性化に関しては、野菜類では有機栽培の方が慣行栽培より優れているという結果。このカテゴリーは燃料やエネルギーを大量に消費するプロセスや、肥料の使用に由来する排出に影響されます。

慣行栽培におけるナスやトウガラシに使う電力や、有機栽培における灌漑設備に使用する燃料、トマトやネギ栽培における窒素肥料の施用ないし施用後の揮発によって放出されるアンモニア排出が主因となっているそうです。

Eu:富栄養化(淡水・海水・陸上)

富栄養化とは湖沼や海などの水に含まれる窒素やリンなどの栄養塩類が過剰に増えることで起こる水質汚染です。水質の悪化や赤潮、貧酸素化などの問題を引き起こし、生態系に大きなダメージを与えます。

富栄養化に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

このカテゴリーでは、堆肥施用やその他の有機肥料による排出が収量の大きな差と相まって慣行システムに有利なようです。

Etox:生態毒性(水生・淡水・海水・陸上)

生態毒性とは化学物質などが自然生態系や生物に与える有害な影響を指します。環境汚染や温暖化、外来種の侵入などが生態系を乱し、生態毒性を引き起こす要因となります。

生態毒性に関しては、野菜類では有機栽培の方が慣行栽培より優れているという結果。

生態毒性学的観点からは、調査したほとんどの作物階級で慣行生産が環境に対してより有害であるという結果が得られています。

ただ、堆肥を頻繁に施用する有機システムにおいて土壌生態毒性の影響を増大させるリスクを強調している文献もあり、重金属(亜鉛・鉛・銅・カドミウムなど)を自然に含む牛糞や豚スラリーのような有機肥料は、毒性影響を引き起こす可能性があるとしています。

HT:ヒト毒性(人体毒性・発がん性)

ヒト毒性とは、化学物質が人体に有害な影響を与えるものを指します。環境問題においては、化学物質が環境を介して人の健康や生態系に悪影響を与える可能性を意味します。

ヒト毒性に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

より高いヒト毒性の値は、有機栽培で得られる収量がより低いこととより高い割合で使用される有機肥料の生産及び圃場排出等である可能性が推測されます。

Res:資源使用(生物学的枯渇・鉱物化石資源の枯渇・農地占有)

資源使用は文字通り様々な資源の使用の度合いを示すものであり、鉱物や化石、土地(農地)の他に生物多様性への影響の一部もこのカテゴリー。

資源使用に関しては、野菜類では有機栽培の方が慣行栽培より優れているという結果。

基本的に慣行農業はより多くの資源を使用して生産を行います。

Land:土地利用(農地使用)

土地利用は文字通り、生産における農地の使用を意味します。

土地利用に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果。

有機栽培は通常慣行栽培よりも収量が低く、同じ量の生産を行うためにより多くの土地が必要となります。

Water:水使用量(消費水量)

農業は淡水を多く使用します。消費水量が多ければ多いほど環境に与える影響も大きくなります。

水使用量に関しては、野菜類では慣行栽培の方が有機栽培より優れているという結果でした。

En:エネルギー使用量(生物学的枯渇・化石資源の枯渇)

農業は多くのエネルギーを消費します。エネルギー使用量が多ければ多いほど環境に与える影響も大きくなります。

エネルギー使用量に関しては、野菜類では有機栽培の方が慣行栽培より優れているという結果でした。

資源使用の項目と同様、慣行栽培のエネルギー使用は主に施肥作業が大きな割合を占めているようです。

まとめ

参考文献から野菜類の生産における有機農業と慣行農業の相対的な環境影響を抽出してグラフにしてみました。

全体で見ると有機:慣行=4:9の結果。
統計的有意差のない6項目を除いても3:4という結果で、決してどちらかが明確に「環境にやさしい」とは言い切れないことが浮き彫りになりました。

要所としては、どうしても収量が低下する有機栽培は土地をより広く必要とし、そのためにより長く機械を使うことになるため、化石燃料の使用に係るPO,PM,IR,Etox,HT等への影響が大きくなる傾向にあるようです。

特に野菜類の生産は短期間で行われるため、より臨機応変に施用できる化学肥料を使う慣行農業のアドバンテージが大きいことがわかります。反対に、果樹等の永年作物は有機栽培の方が負荷が小さい環境カテゴリが多いことが文献から読み取れます。

以上のことから、「野菜類のみをオール有機化する」ことに対する「環境保全」への意義というものはあまり明確でないように思えます。

「環境」に対する解像度を上げつつ、またどのカテゴリーをより重視すべきかという点も模索しながら有機栽培と慣行栽培の強みを活かして持続可能な社会を実現できたらと願うばかりです。

ここに、品川区のオーガニック給食化の件について現状、「健康」「安心安全」「環境保全」という名目が酷く脆弱であり、「オーガニックの導入」という手段の目的化が露呈している点を指摘させていただきます。

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