「遺伝子組み換え」と聞くとなんとなく身構えたり、避けたいと思うような人が日本でも少なくない今般。
何かと不安視される遺伝子組み換え技術ですが、それによって人々の健康や地球環境が改善される事例があることをご存知でしょうか?
今回はそのひとつ、「Btナス」の事例をご紹介します。
バングラディシュの農家の苦悩
バングラディシュでは消費者に人気があり収益性の高い「ブリンジャル」として知られるナスの生産が盛んです。国内では約15万人の農家がナスを栽培しており、消費量ではジャガイモと米に次いで第3位の作物です。
バングラディシュの食料安全保障において重要な役割のあるナスですが、その生産過程で壊滅的な被害をもたらす害虫(FSB:ナスノメイガ)が問題となっていました。
ナスの被害と農家への影響

FSBは作物の茎や果実に食い込み、最大で86%を加害する可能性があり農家にとっては壊滅的な打撃となります。そのため、この害虫を駆除するべく現地農家は1シーズンに23〜140回(!)も農薬を使用することもあります。
いかに農産物を守るためとはいえ、この過剰な散布は農家自身やその家族、消費者、そして環境の健康に有害な影響を及ぼす可能性が指摘されてきました。実際当時のバングラディシュの生産者には、農薬の散布時に自身や環境を保護する措置を講じる者はほとんどいなかったのです。
Btナスの開発
この厄介な害虫に対処するため、バングラディシュ農業研究所やコーネル大学をはじめとする多様なパートナーが協力し、害虫からの防御効果を持つタンパク質を組み込んだナスの品種開発を行いました。これが「Btナス」と呼ばれるものです。研究ではこのBtナスを使用し実証実験を2017年に行いました。
Btナスの効果
1200名の農家が参加した実験によって、Btナスが農家の生活に真の改善をもたらし得るだけでなく、環境や消費者にとってもプラスの効果を及ぼすという非常に有望な結果を示しました。
具体的には、
・害虫の被害を約95%低減
・農薬散布のコストを47%削減
・使用する農薬による環境毒性を約56%低減
・Btナス栽培世帯における農薬暴露関連症状の自己申告を10%低減
・作物の収量を約42%増加
・栽培面積あたりの利益を400ドル増加
・家族労働日数を28日減少
という驚異的な結果となりました。
Btナスはナスノメイガを寄せ付けなかっただけでなく、他の昆虫類、アブラムシ、ダニ等の被害レベルも低いことがわかりました。農家の農薬散布回数は51%減少し、農薬のコストは47%減少しました。これは栽培面積1haあたり約85ドルの節約となりました。
これらの結果から、Btナスの栽培によりバングラディシュで約23万リットル以上の農薬散布をせずに済む可能性が示唆されています。
農薬の種類と使用数の減少に基づき、農薬使用毒性スコアで測定した農薬の毒性は41%低減し、野外使用環境影響係数で測定した環境毒性は56%低減しました。

Btナス農家の農薬使用量減少は、彼ら自身の費用削減につながり、本人や家族、環境への有害農薬曝露を軽減したのです。
生産性と収益の増加
Btナスの正味収量(kg/ha)は従来品種より42%高く、3,622kg/haの増加に相当しました。この正味収量の増加は広範囲にわたり、Btナスを栽培した農家がより多くのナスを生産し、収穫後の廃棄果実を減らすことができています。
Btナスの栽培コストは1haあたり約114ドル削減されました。これは1kgあたりの栽培コスト31%削減の大部分は農薬使用量の減少によるものです。また農家はヘクタール当たり約400ドルの追加純利益を得た。この13.9%の利益増加は、主に農薬コスト削減による節約とBtナス生産性の向上によるものでした。
農薬の暴露の減少
Btナスを栽培する農家とその家族は、農薬曝露に一致する症状の報告数が減少していました。具体的にはBtナスを栽培する世帯員は、農薬曝露に一致する症状を報告する可能性が10%低く、これらの症状で医療ケアを必要としたと報告する可能性が6.5パーセントポイント低かったのです。
これらの結果は統計的に有意であり、Btナスを栽培する世帯の男性も女性も、農薬曝露に一致する症状を報告する可能性が減少しています。報告された症状の軽減は、元から慢性呼吸器疾患や皮膚疾患に関連する症状を報告していた個人においてより顕著な結果となりました。
まとめ
遺伝子組み換え作物を批判する人々は、総じて「GMOが経済的・健康的・環境的利益をもたらさず、同時に農家の主権に対する深刻な脅威となり得る」と主張しています。
バングラディシュでの実証実験の結果はこれらの批判に直接応えるものであり、Btナスは農家の生産性と所得に大きな利益をもたらすと同時に、人間や生態系の健康を損なう農薬の使用を削減すると言えるでしょう。
おまけ:Btナスにまつわる逸話
研究では、Btナスが従来品種より販売価格が12.6%高いにも関わらず、Btナスを栽培した農家が従来のナスを栽培した農家よりも多くナスを販売していたことが分かっています。なぜ割高なBtナスがより多く売れたのでしょうか?
Btナスはその効果によって見た目が良く、害虫の痕跡や穴がなく、皮が非常に柔らかくなったために調理が容易になり、味も良くなったそうです。
バングラディシュの農産物の流通市場の関係者からは次のコメントがあったそうです。「当初はこの市場でBtナスは売れなかった。だから毎日来る常連客に半ば無理やり買わせたんだ。それこそ代金は払わなくてもいいって。ところが彼らがナスを持ち帰った次の日には『もっとあのナスをくれ』というようになったんだ。それ以来需要は高まる一方だ。実際のところ最初の2.3日は売れなかったよ。その後そうやって全員に買わせるように仕向けたらこの売れ行きだ」と。
研究者はこれらの結果から導かれる政策的示唆があるといいます。遺伝子組み換え作物が収量増加と環境負荷低減の両立に貢献し得るという見解を支持する実験結果は、インドやフィリピンなど品種開発は進んでいるもののGM食品への懸念から栽培承認が得られていない国々における導入の更なる正当性を示すものです。
何より、消費者が遺伝子組み換え作物に対してより高い価格を支払う意思があるという発見は注目に値すると言えるでしょう。
<参考資料>
https://www.ifpri.org/blog/impact-study-demonstrates-bt-brinjal-eggplant-variety-helps-farmers-bangladesh-earn-more-less/?utm_source=chatgpt.com
https://allianceforscience.org/blog/2020/12/gm-eggplant-helps-farmers-reduce-pesticide-use-and-increase-profits-study-finds/
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