今日勢いを増す有機・オーガニック。しかしその正確な知識は広く普及しているわけではなさそうです。
「食」という万人に共通する重要な営み。自分のため、大切な人や我が子のために原点に立ち戻り、様々な側面から丁寧に、丹念に調べていきましょう。
今回は健康・栄養面の観点をまとめます。
有機農産物は健康に良い?
ケンブリッジ大学が2014年に出した343の論文のメタ解析では、有機農作物をベースとした食品とそうでない食品との間に、統計的に有意で意味のある組成の違いがあることを示しています。
有機農産物が含む主な抗酸化物質は
フェノール酸(19%↑)
フラバノン(69%↑)
スチルベン(28%↑)
フラボン(26%↑)
フラボノール(50%↑)
アントシアニン(51%↑)
と、研究ではポリフェノールなどの様々な抗酸化物質の濃度が有機農作物で大幅に高いことがわかりました。これらの化合物の多くは、食事介入や疫学研究において特定の癌を含む慢性疾患のリスク低減に関連しています。
その他にも
カロテノイド(15%↑)
キサントフィル(12%↑)
ルテイン(5%↑)
ビタミンC(6%↑)
ビタミンE(15%↓)
炭水化物(11%↑)
還元糖(7%↑)
タンパク質(15%↓)
アミノ酸(11%↓)
食物繊維(8%↓)
上記のような差異が検出されているもののこれらはカテゴリーや個々の研究によってまちまちであり、メタ解析で最も健康に寄与するであろうと結論づけられたのは「有機農産物は慣行農産物より抗酸化物質を多く含む」という結果でした。
また、Barbara,Francisではブルーベリーやイチゴなどのベリーフルーツに見られるポリフェノール化合物が、酸化ストレスや炎症を軽減する能力を通じて有益な効果を発揮する可能性があることを示唆しています。これらは認知および運動機能の加齢に伴う欠陥に対して予防を行うことのできる可能性があります。
抗酸化物質の功罪
上記の内容からは、確かに有機農産物は健康に良さそうです。
ところで、抗酸化物質とはどんなものか、皆様はご存知でしょうか?
なんとなくアンチエイジング(老化防止)に効きそうな…私のイメージはこのくらいでした。
抗酸化物質、または他の分子の酸化を防ぐ化合物は、様々な健康強調の栄養補助食品として広く販売されています。抗酸化物質ががんと戦うのに役立つという概念は、一般の人々に深く根ざしており、栄養補助食品業界によって推進され、いくつかの科学的研究によって支持されています。
しかし、臨床試験では一貫性のない結果が報告されており、近年多くの研究がこの主張に疑問を投げかけています。Volkan,Mohamedらは、抗酸化物質が実際にいくつかの形態のがんのリスクを高める可能性があることを示唆しています。
がんのリスクを高める突然変異を有するマウスが抗酸化物質で治療されたとき、その初期の病変はより迅速に進行し、より多くの腫瘍を発症し、より進行しました。抗酸化物質は酸化によるストレスとDNAの損傷を軽減しましたが、同時に重要な腫瘍を抑制するタンパク質の発現をも減少させてしまったのです。
V. Hajhashemi,G. Vaseghiらでは、疫学的研究では果物や野菜の摂取と、酸化ダメージが原因と考えられる疾患の予防との間に正の相関関係があることが立証されています。しかし、野菜や果物には潜在的に有益な化合物がたくさん含まれており、その因果関係が認められるまでには至っていないようです。
Goran, Dimitrinkaらは、カロチン、ビタミンA、ビタミンEによる治療は全原因死亡率を増加させる可能性があり、死亡率に対するビタミンCとセレンの潜在的な役割は、さらなる研究が必要だと述べています。β-カロチンはがん死亡率だけでなく、喫煙に関連したがんのリスクを増加させる可能性さえあり、喫煙者は避けるべきです。
このように、抗酸化物質が本当に健康に良いのか、人体にどう働くのか、どのくらい摂取したら効果が得られるのか不明な部分が依然として多いのです。
がんに有効か、有効でないか
オーガニック食品の摂取頻度とがん罹患率との関係調査では、統計解析の結果、有機食品を全く食べない群(30%)といつも食べる/食べている群(7%)を比較すると、有機食品の摂取はすべてのがんの罹患率の低下とは関連しませんでした。
17のがん部位またはがん種のほとんどについて分析した結果、同様の結果が得られたものの、有機食品消費者は有機食品を全く摂取しない人に比べ、乳がんのリスクが9%高く、非ホジキンリンパ腫のリスクが21%低い結果となりました(Pawel)。
Manalも、どの有機食品ががんのリスク低減に寄与するかについて、自信を持って結論づけることはできないとしています。
結果がまちまちであり、健康に対して良い面と悪い面双方の見解が出ている以上、抗酸化物質の多寡で以て優位性を決めるのは早計と言わざるを得ないでしょう。
栄養面はどうか?
前項でも少し触れましたが、有機と慣行で栄養面の差はあるのでしょうか?
Amilcarは、慣行農業と有機農業の柑橘類ジュースのビタミンC及び有機酸濃度を比較した結果、多くの品種で有機農業の柑橘類の方が優れていることを報告しています。ただし、全ての品種ではないことには留意が必要です。
Axel Mieらは、栄養素に関しては、有機乳製品や食肉において、従来の製品と比較してオメガ3脂肪酸の含有量が約50%高いことを報告しています。
しかし、これらの製品は平均的な食生活ではオメガ3脂肪酸の摂取総量においてわずかな供給源でしかないため、この効果の栄養学的意義はおそらく低いとしています。
Axel Mieらは、現在の知見では農作物の栄養成分は生産システムの影響をほとんど受けないとして、ビタミンとミネラルは、どちらの生産方式の作物にも同程度の濃度で含まれていると言います。
Anneは、従来の食品よりも有機食品のより良い栄養プロファイルを示していますが、その違いはほとんど小さく、栄養豊富な集団では実用的な関連性は低いと報告しています。人間の有機食品消費の健康上の利点を調査した研究はほとんどありません。
いくつかの兆候を提供する一方で、利用可能な証拠は限られているため、有機食品がより健康であるかどうかを結論付けるには不十分です。これに関してはRockも現在ある研究から、有機食品が健康に及ぼす影響は、広く推奨するほどの説得力はないとしています。
ちなみに国内のデータで見ると、日笠は分析の結果市場に流通しているレタス・コマツナ・ホウレンソウの有機栽培品は慣行栽培された物と比べ高品質であるとはいえず、一般的な体内含有成分量は栽培方法による差を認められなかったと報告しています。
また、佐藤は植木鉢を用いたパプリカの有機栽培と慣行栽培の栄養比較実験において、グルコースの含有量に有意差はなかったが,ビタミンCの含有量は有機栽培区で有意に多かったと報告しています。
生産方法より、何を食べるかが重要
バランスの取れた食事で推奨される野菜や果物、その他の食品の有益な健康への影響は十分に文書化(Dhandevi, 2015など)されていますが、有機代替品を選択することが追加の利益をもたらすかどうかを結論付けることはできていません。ただ言えるのは、
より多くの果物、野菜、植物性食品とより少ない肉を推奨する現在の食事ガイドラインは、多数の研究に基づいており、農産物が有機的であるかどうかにかかわらず健康増進に有効だということです。
有機農産物の適切な消費拡大にあたっては、消費者が健康や栄養のためだけでなく、さまざまな理由で有機食品を選択することを強調することが重要です。
有機農産物の消費者の特徴は?
有機食品消費者のライフスタイルと社会経済的特徴を説明するほとんどの研究は、有機消費が他の健康やライフスタイルの指標と密接に関連していると報告しています(Dimitri, 2012など)。
例えば、消費者はしばしばより高い教育と収入を持ち、ボディマス指数(BMI)が低く、より身体的に活発で、有機食品を使用しない、またはめったに使用しない人よりも健康的な食事をしています。この有機食品の摂取以外の因子を考慮しなくてはならないため、研究はより困難なものになります。
ただし、有機食品の消費が菜食主義、環境主義、またはその他のイデオロギーを含む代替ライフスタイルに関連する場合、このパターンは必ずしも適用されません。
頻繁な有機消費は、若年成人(25歳未満)と高齢者(40歳以上)の両方の年齢層に見られ、非有機消費者よりも子供のいる家庭に属していることが多いようです。
しかし、頻繁な有機消費は、喫煙やアルコールの使用の有病率の増加とも関連している報告もあることから、一貫した「有機消費者像」は必ずしも存在するわけではないといえるでしょう。
健康・栄養面のまとめ
これまでの内容をまとめると、有機農産物は慣行農産物と比較して
・ポリフェノール等の抗酸化物質をより多く含む ・がんのリスクについては断定できない ・栄養については栄養学的に意味のある差異はない ・有機か慣行かはあまり関係ない ・生産方法に拘らずバランスの良い食事を摂ることが十分な栄養の摂取と健康に繋がる最短の方法
如何でしたでしょうか。
いずれにせよ、これらの一貫しない根拠からも双方は殆ど差がなく、健康・栄養面について有機栽培が慣行栽培より優れているとは言えない、という見解で今のところは間違いなさそうですね。
では、有機農産物を「健康に良いから」「栄養価が高いから」と購入することは間違っているのでしょうか?
いいえ、そうではないでしょう。確かに情報に基づいた正確な判断とは言えませんが、消費者がそう思い「これを食べれば健康になる」「栄養をたくさん摂れる」と心理的安心感を得ようとする行動選択を一切否定できるほどのデータはありません。
あるいはそれらが「プラシーボ効果」を生むことすら考えられます。どちらも差異があまりないのであれば、どちらを選択するのも消費者の選択に依るところでしょう。健康と栄養の観点の限りでは。
但し、有機農産物を販売する側が「健康に良いから」「栄養価が高いから」と売り込むことは許されることではないでしょう。ほとんど差がないものにさも比較優位性がるように謳い宣伝することは、消費者に対し優良誤認を与えかねません。
中には詐欺まがいのような有機農産物が今日ネットショッピングで蔓延しています。販売側も購入側も、正確な情報に基づいた営為を行なって欲しいものですね。
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有機と慣行を比較した国内の論文が少なく、出典のほとんどが海外のものとなっていますができれば参照していただけるとより深い理解に繋がるかと思います。
また、論文やネット記事を読むにあたっては様々な「バイアス」というものを知っておくと、知識の偏りを予防できるかもしれません。参考までに。
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