昨年末ごろから今年の1月ごろにかけて天候不順による不作でキャベツがかなり高騰し、都市部などでは1個あたり1000円という価格がつくという異常事態となったのは記憶に新しいところです。
その最中、「キャベツ高いから家庭菜園で作ったろ!」ともし家庭菜園を始めた場合、果たしてスーパーで1つ1000円で買うより安く済むのでしょうか?
キャベツ農家が懇切丁寧に解説していきます。
大前提
ここで間違えてはならないのは、今回の家庭菜園の動機が
「採算度外視で農作業の手間を含め栽培を楽しむ”趣味”であること」
ではなく、
「1個1000円で買う代わりにより安く自分で作る”コスト削減”であること」
というのはしっかり押さえておきましょう。ここを混同してしまうと栽培に費やす農作業の時間をコスト計上するのを忘れてしまいます。
今まで家庭菜園をしていなかった一般の方がスーパーで売るキャベツの余りの高さに生産者に代わって自ら栽培して安く済ませる、という目的で今回の家庭菜園は始まります。
自身の手間=労働力を提供して栽培するのでキャベツが安くなれば当然家庭菜園は続けませんし、そもそも継続を前提としていない点も留意しておく必要があります。当然ですね。
趣味として楽しみながら家庭菜園をやるのであれば、この解説自体が野暮なのでそういった方はあまり参考にならないかもです笑
では、計算していきましょう。
一般的な栽培方法における肥料代
一般的に栽培で利用される肥料と資材をホームセンター購入するといくらになるでしょうか?
ここでは分かりやすく土壌改良剤を含めた肥料に相当する資材をリストアップします。

必要栽培面積と資材数量
次に栽培に必要な面積と肥料等の資材からコストを計算します。
ここでは大手種苗メーカーであるサカタのタネの「園芸通信」を参照すると、1㎡あたり4つのキャベツを栽培することができます。

キャベツはある程度収穫適期が長いので、4個程度がスーパーで買う代わりとして家庭で消費していく数量としては妥当でしょう。というわけでこちらの面積と栽培数量で計算を進めます。

サカタのタネの栽培ガイドに従う場合、キャベツ1個あたりの肥料代は21.32円となりました。
…あれ?ちょっと待ってください。
今回の目的は「買うと高いキャベツの代わりに作る」ということを目的としており継続して作り続けることを想定していません。となれば、肥料等をそれぞれ10kgや15kgで買うのは合理的ではありません。
店頭価格が安くなればまた買うだけですから、とりあえす4個のキャベツを育てるのに必要な量があれば事足ります。危なく無駄遣いをするところでした。最初の肥料のリストアップは完全に間違っていましたね。失礼いたしました。
最小限のコストを目指して
仕切り直しましょう。最低限の費用で資材を用意するとなればやはり行くべきは100円均一。

キャベツが1個1000円ともなれば農村部から離れた都会のスーパーの値段である可能性が高いです。そうした地域には農地が少ないため、今回は軒先やベランダで家庭菜園を始めた場合で計算を進めます。キャベツ4株を栽培するので、55型のプランター2つと培養土が必要になります。
継続することが目的に入っていない場合は初期投資からなるべく費用を抑えるのは常識。さすがのダイソー、少量で安く売っていますね。
鶏糞や牛糞等の堆肥は別になくても大丈夫です。油かすも項目に一応入れていますがなくても無問題。
販売している培養土はそのくらい優秀です。ただキャベツなので苦土石灰は入れましょう。ちなみに露地畑でも堆肥は絶対に必要というわけではないので、経費節減を考えるにあたり覚えておくと良いかもです。
ではこの価格で先ほどと同じように1株あたりの肥料原価を算出しましょう。

サカタのタネの栽培ガイドに従い計算し直すと、キャベツ1個あたりの肥料代は321.9円となりました。
先ほど21.32円は割安な大容量商品から計算したため安く見えましたがそれだとほどなく店頭価格が下がり家庭菜園の必要がなくなった場合に大損してしまいます。これから長く続けていくのであれば良いのですが、今回は目的が違いますからね。
危ない危ない、危うくこれから買うより安い!と考えて家庭菜園を始める方に誤情報を流してしまうところでした。
プランターと培養土が大きなウェイトを占めていますが、これを無くそうとして貸農園を借りると栽培期間の長いキャベツは余計にコストがかかってしまう可能性が高いです。農地を買うのも現実的ではありません。
種子やその他の資材の費用
まだまだ用意するものはたくさんあります。
もちろんキャベツの種子が必要ですし、作業するための手袋やスコップ、水やり用のジョウロも用意しなくてはなりません。また農薬は初心者の方にはハードルが高く、使用期限の兼ね合いもあり家庭菜園ではコストパフォーマンスが良くないです。なので最初は防虫ネットの使用を推奨します。
ここでコメリの2380円もする商品を買っていては金額もバカにならないので、こちらもダイソーでちょうど良い大きさの防虫ネットをお手頃に買っておきましょう。
先ほどの肥料も併せて一覧にしてみます。
諸費用まとめ

先ほどの栽培ガイドに従った肥料の必要量と上記資材価格から計算すると
キャベツ1株あたりのコストは436.4円。
ただ、1株あたりの価格も重要ですが現実として家庭菜園を始めるにあたり2,062円の支出が発生しており、価格高騰の代替としての1度きりの栽培になるとこれをそのまま取り返さなくてはなりません。
よって、継続を伴わない「コスト削減」としての家庭菜園は少々リスクが高いことが伺えます。これを2年、3年と続けていく前提なら話は違ってきますが、初めて栽培に挑戦するうちから「何年で元が取れるから」と資材を大ロットで用意するのもハイリスク。
家庭菜園やってみたけどすぐやめちゃった、という人も少なくないのではないでしょうか?
また、たくさん作ることで費用を抑えることもできますが、1家庭消費を想定した場合食べきれませんし、場所をとるのでプランター栽培ではそもそも限界があります。
作業時間をコスト計上
家庭菜園をする人にとってその作業は
① 趣味の時間として楽しむ場合
② 店頭購買の代替としてコスト削減を目的とする場合
どちらなのかによっていわゆる人件費を考えるかどうかが変わってくると思います。
今回は②なので、作業時間をお金に換算して計上します。スーパーの売価は私たち生産者や販売企業の人件費を織り込んだ価格になるので当然といえば当然です。とはいえ家庭菜園なので全て労働とみなすのには無理があるので、最低賃金の半分である 500円/時 で想定しましょう。
キャベツ栽培(4株)の作業時間は、栽培期間:約3~4ヶ月(90~120日)として
1. 準備(土作り、種まき)
初回に土を耕したり肥料を混ぜたりする時間。1株あたり約5分として30分。
2. 水やり
毎回5分程度、成長期は特に水が必要。仮におしなべて週5日水やりすると、
90日×(5/7日)×5=321分。
3. 虫対策
週0.5回、5分程度。90日で6回と仮定して30分。
4. 追肥
追加で肥料を施す作業は2回、1回5分程度で10分。
4. 収穫
収穫自体は簡単で5分程度。
総作業時間は396分(6時間36分)という計算になります。
キャベツ1株あたり1時間39分。90日という短い生育日数想定でこの数字です。
時給500円と仮定すると、1株あたり1時間39分 × 500円 = 約825円。
単純計算で4株作るのに3,300円の人件費がかかっていると考えることができます。
実は他にもある
この際なので徹底的にコスト計算をしてみましょう。
ここからは素人さんは割と見落としがちなので注意。
まずは「水」です。今回の場合水道水を使うことになるので、費用が発生します。
日本の水道代は1㎥(1,000L)あたり約150円〜200円(上下水道込み)なので今回は180円/1000Lと仮定します。キャベツ1株あたりの総水量を90Lとすると約16.2円/株になります。
無論、雨や井戸水を使用した場合は事情が変わってきますが今回の場合は水道水で計上するのが妥当と考えます。
次に「片付け」。収穫後の残渣(キャベツの外葉や根等の廃棄物)の処理にもコストがかかります。家庭菜園では見落としがちですが収穫後の後始末まで考慮するのは合理的です。
キャベツの残渣は割とボリュームがあり、約1kgと仮定するとゴミとして廃棄すること自体には通常お金はかかりませんが、非常に根張りが強いので土ごと捨てない場合結構手間がかかります。少なめに見積もって1株あたり5分として時給換算42円/株を計上しましょう。
減収リスク
これも度外視されがちですが、病害・鳥害・虫害などのリスクをコストに含めるのは現実的です。これらのリスクは家庭菜園でキャベツを育てる際に収穫量を減らす可能性があり、結果的にコストを押し上げます。リスクを定量化するのは難しいですが、確率と損失額を仮定して計算に組み込んでみましょう。
キャベツ栽培でよくあるリスクとその影響を見積もり、1株あたりのコストに反映させます。
1. 病害(軟腐病、根こぶ病など)
発生確率:約5%(一般的なリスクとして)
影響:病気が発生するとその株が全滅する可能性があります。
コスト:1株の材料費と作業時間の損失。
5%の確率で全滅すると仮定するとリスクコストは
(436.4円 + 825円) × 0.05 = 63.07円/株。
2. 鳥害(ヒヨ等の鳥に食べられる)
発生確率:約5%(地域や防鳥対策次第)
影響:葉が食べられて収穫不能になる可能性があります。
コスト:1株の材料費と作業時間の損失。
5%の確率で全滅すると仮定するとリスクコストは
(436.4円 + 825円) × 0.05 = 63.07円/株。
3. 虫害(アオムシ、ヨトウムシなど)
発生確率:約10%(防虫ネットで減らせるがゼロにはならない)
影響:虫食いで収穫量が半減〜全減する可能性があります。仮に50%の損失とすると
(436.4円 + 825円) × 0.5 × 0.1 = 63.07円/株。
リスクによる総コストは
63.07円(病害)+ 63.07円(鳥害)+ 63.07円(虫害) =189.21円/株
今回はこれらのリスクを「コスト」として計上する必要があります。家庭菜園を趣味として、リスクをある種の「学び」として捉えるならばコストという意味合いは薄れるかもしれません。
補足
生産コストは重量で考えることが基本的には重要です。JA全農の資料では、秋冬キャベツは1.3kgならLサイズ、1.7kgなら2Lサイズ、2.2kgと2.8kgは3Lサイズになります。

ちなみにJAや市場の取引では供給が少ない時などはサイズが大きくなるほど1個あたりの出荷額が上がることも。その逆はなく、Lサイズ規格が通常は最高値で取引されます。
自家消費では大きい方がたくさん食べられて元が取れると考えがちですが、2L以上は調理や保存に余計な手間がかかったり、食味が落ちたりする品種もあるので一概には言えません。1.5〜2.0kgが質と量のバランスが取れていますのでこちらを目指しましょう。
それとついでですがキャベツの追肥にはV型(リン控えめ)の肥料がおすすめです。生育が進むとリンはさほど必要でなくなるので8-8-8等を使うとムダが生じます。
総括

これまでの全てのコストを合計すると、キャベツ1株あたり1508.8円のコストがかかります。
さて、スーパーで1個1000円で買うのとどちらが経済的かは一目瞭然ですね。
キャベツの家庭菜園は1個あたり100円もあればお釣りがくる!という意見があったようですが、それはおそらく全てのコストを考えられていない初心者の方の言であると思います。
農作物生産を生業とする農家としては、努めて家庭菜園を始める人を知識や技術、資材等々全て「持たざる者」として想定するのが当然の配慮です。
家庭菜園をすでにやっていて、土地や道具や資材を持っている人が一般の「持たざる者」たちにキャベツは自分で作った方が安い!と言うのはついつい自分本位になってしまっているのかも。
また、店頭購買の代替として家庭菜園を始めた人に対して経験がないから、技術がないから採算が合わないんだ!というのは実に野暮。スーパーで買うものより美味しいものが食べられる!というのも技術ありきで今回の想定には全くそぐわない意見なので論ずるまでもないでしょう。
スーパーでのキャベツの売価が1個1000円なのを高いと考え家庭菜園を始めた人は、とにかくそれより安くキャベツが手に入ればそれで良いのです。まあ、栽培しているうちに価格は落ち着いていくとは思うので元の木阿弥感は否めませんが…笑
購買の代替、コスト削減である以上、家庭菜園の継続を前提として話を進めると齟齬が生じてしまうので注意が必要ですね。
おまけ:コストを低減させる方法
キャベツ1つあたり1508.8円と中々お高くなってしまったコストですが、いくつか低減させる方法を示しておきましょう。
① 店頭価格が安くなっても継続して家庭菜園を続ける
まさに継続は力なりです。何年も何回もやれば知識と技術が身につき、購入した資材や道具も継続して使えば資材コストはかなり減らせます。大容量の商品を買って割安に使い続ければなお良しです。
② 大量に作る
農業の基本でもありますが、大量生産をすることで1商品あたりのコストを下げることができます。消費しきれない分は近所にお裾分けしたり自分で売るのもコスト低減の方法のひとつです。
③ 趣味と割り切って人生の貴重な時間を費やす
店頭購買の代替から始まった家庭菜園から趣味への移行は苦痛かもしれませんが、手間やリスクを学びとして考えれば、作業コストとリスクコストを実質0円にすることができます。家庭菜園という経験に価値を見出せるかどうかなので、これについては人によると思います。
「家庭菜園でキャベツを作れば1個100円でもお釣りがくる」という情報は残念ながら素人さんによる無自覚なデマとなり、これを信じて栽培を初めてしまった方を苦しめてしまうかもしれません。
その訂正も込めて私からは
「買うより安くのために家庭菜をするなら1回の挑戦で辞めたら完全に赤字、売価が安くても失敗しても数年続けるのであれば段々と採算が合うかもしれない。趣味にすればなおよし。でも基本的に買った方が時間もお金も無駄にせず済むことが多いよ。」
と申し上げるばかりです。
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