【論考】#3 地床苗とセル成型苗 <作業性編>

農業


前回記事に引き続いて、次は作業面からアプローチしていこうと思います。

作業性は仕事量に直結!

作業面での比較。それは地床苗とセル成型苗、どちらの方がより効率よく作業を進められるかだけでなく、全体の作業量や農業従事者にどれ程の身体的・精神的負荷が掛かるかというところにまで言及しなければなりません。それでは様々な側面から検証していきます。

自然降雨の利用

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地床苗の灌水はこの撒水ノズルが必須だ

地床苗は屋外育苗ですので、雨が降れば当然に灌水作業を省くことができます。育苗期間の長い地床苗にとって自然降雨は大きなメリットで、ハウスで育苗するセル成型苗はほぼ毎日の灌水が必須です。しかもセル1つの培土は量が少ないため、よりシビアな灌水が求められます。育苗期の雨の日は地床苗の農家は丸々休めてしまうというわけなのです。

ところで、施設内育苗を活かして、セル成型苗に自動灌水装置で省力化を図る例があります。しかし、育苗ステージで灌水量の緻密な制御を求められるセル成型苗の灌水を自動化するには、豪気なシステムと苗の状態から灌水量を決定する複雑なプログラムが必要になってきます。

これらには現状莫大なコストがかかり現実的ではありません。簡素な自動灌水を採用した知人の農家も、灌水制御ができずじきに手動灌水になったと父から聞かされました。自動化は決して簡単ではないということを農業に携わる人間は肝に銘じておかなければなりません。

自然降雨は地床苗にとってデメリットにもなり得ます。それは、激しい降雨で畝が流されたり、台風によって苗がダメージをおったり等、天候による影響を受けるということです。損害を極小化させるには、正しい苗場の選定と適切な対策をする技術が必要になります。ここでも必要なのは技術です。

人間にとっての育苗環境

本地域のキャベツの育苗は早くて7月から始まります。夏真っ盛りの暑い時期にハウスで作業するのと、屋外で作業するのはどちらが良いと言われれば、風気を期待できる屋外に軍配が上がります。

しかもセル成型苗は30度以上の気温になるとハウス内が発芽適温を超えてしまうので発芽するまで家の北側や軒下に置いたり、遮光ネットを使う必要があります。毎回トレイを持ち出したり遮光ネットをつけ外し、発芽したらほぼ毎日灌水です。

これらを踏まえれば、仕事量と作業環境がどちらが良好なのかご理解頂けるのではないでしょうか。

防除のタイミング

50m3列を22Lくらいで防除が可能だ

コスト面の記事でも触れましたが、防除のタイミングの違いはとても重要です。地床苗では、多寡はあれど育苗期間中に5〜7回程度防除を行います。

密植している苗に消毒するので、散布面積が小さく済み、農薬の使用量も抑えることができますセル成型苗は育苗期間が短いため、地床苗が育苗期間中に行う防除作業を、本圃に定植してから行うことになります。

トラクターブームやハイクリブームを持っているならまだしも、この本圃での防除をスズラン等の多頭噴霧ノズルで手散布するというのはかなりの労力を必要とします。ホースガイドをする人がつけばそれだけで余分に人手を使うことになります。

さらに、農薬の使用量も段違いに増加します。それもそのはず、本圃での防除ということは定植面積である畑地全体に散布しなければならなく、当然に多量の薬液を必要とするために農薬コストがかさみます。

それなのに、農薬の9割は土壌に捨てることになってしまうのです(ラッソーフィールドスター等の土壌処理除草剤はロスがないですが)。

加えて、セル成型苗が地床苗より育苗期間が短いということは、害虫の生育サイクルが早く防除が頻繁に必要な気温の高い時期から本舗への定植が始まり、夥しい防除回数を余儀なくされてしまう恐れがあるのです。

品種選択を工夫することが重要ですが、この面倒な防除をなるべく少なくするということは作業効率を考える上で非常に重要なポイントになってきます。暑い時期の手動散布なんてやっていられません。やっていられないから、早朝から仕事をする羽目になるのです。

勿論、地床苗も本舗に移ってから防除を行うことはありますが、大体は涼しい時期になってきますし、回数は少ないし、私の場合トラクターブームなのでキャビンの中で冷暖房を効かせながら一切被曝することなく1日で何町もの面積を防除することができます。快適ですね。

苗取り作業と定植適期

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苗取り風景。座って拾うので無理がない

地床苗には苗場から拾い上げる「苗取り」という作業があります。この点は育苗ハウスから直接定植に持ち込むことのできるセル成型苗の方が作業自体がないので楽です。

と言っても苗取りは座り込んで苗を選び取ってコンテナに入れていくシンプルな作業ですので、負担は限定的です。それよりも寧ろ、この苗取り作業があることこそが重要で、様々なメリットをもたらしてくれるのです。

地床苗は苗取りを行った後は冷蔵保存し仮死状態にしておくと、劣化を抑制し20日以上定植可能な状態を保つことができます。冷蔵庫なしに苗取り後プレバソン灌注処理をし、順次定植していくこともできますが、天候や土壌条件等で定植に適さない日に無理をして植えるのは、その後の中耕や追肥の作業性が悪化してしまいます。

定植に最適な条件を狙うにあたり、地床苗の保存が長期間できるということは最大の利点と言えるでしょう。

セル成型苗は、セル1つの狭小空間での育苗になりますので、根詰まりによる老化が早いためどうしても定植適期が狭くなってしまいます。本葉枚数2~3枚が定植適期で、その適期を過ぎると極端に苗の老化が進み、初期生育を悪くするため、本当に条件の良い定植適期は1週間もありません。

愛知のキャベツは8月半ば頃から定植シーズンを迎えますが、そのピークと言える9月は梅雨時期の6月並かそれ以上に雨の降る月ということを考えれば、適期の長さがどれほどの武器になるかは自明の通りでしょう。

定植時の様々なメリット


さて、定植時の作業性は地床苗とセル成型苗の明暗を分けるとても重要なポイントです。では、セル成型苗の定植風景を見てみましょう。

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引用:井関農機株式会社HP


某サイトではレタスやキャベツなどの葉菜類ではセル成型苗用の定植機が開発され、 セルトレイから苗を抜き取って植付けるまでの作業を自動的に行うことができるよう になり、野菜生産における省力化に貢献していると書かれています。

セル成型苗で使う全自動定植機は、セルトレイをセットすればあとは全自動で定植していってくれるまで技術開発が進んでいる様です。ですが待ってください。
これ、本当に省力化できてますか?


農業に携わる方ならご理解頂けると思いますが、畑の中を歩くというのは想像以上に辛いです。アスファルトやコンクリートと違い凸凹してる上耕起されフワフワした土の上では足を取られるため、ショッピングモールで1日歩き回る疲労感にも引けをとりません。

植えるのが全自動なのは良いですが、その後をついて行く人間はその間ずっと畑の中を歩き続けることになります。畝の長さが100メートルを超える様な大畑で往復で歩き続ければ、凄まじい疲労感が身体を襲うことうけあいです。夏場の定植なんて想像したくありません。おまけに畝が立っているので余計に歩きにくいです。

しかも、当然に定植機は完璧ではないので都度の補植が必要になるため、私の地域では殆どのセル成型苗農家は1つの機械に2人付いて定植しているのが現状です。これ、本当に楽なのでしょうか?

地床苗では、乗用自走移植機を使用することで機械に乗り込んで定植作業をすることができます。苗を手に取り回転するゴム板に挟み込んで植えていくので手間に思いますが、100メートルの畝を乗り込んで座って移動するのと、機械の動きを見ながら畑の中を歩いて行くのではどちらが大変でしょうか?

実は、セル成型苗にも乗用タイプのものはあるのですが、乗用となると2条または副条植えになってしまうので取り回しが悪く、重く大きくなるので何かと不便になってしまいます。その上、定植は全自動なので乗り込む意味があまりないですし、機械の値段はさらにアップします。補植のために乗り降りするのも億劫です。

ゴム板に苗を入れ込む長さを変えれば深植えも自由自在だ

地床苗に使う乗用自走移植機は、乗り手の技術に依存しますがかなりスピーディに定植できます。畝間60cm、株間30cmで1反を3時間程度で植えるのがどれほど早いかはセル成型苗の定植の最速スピードが分かり兼ねますので何とも言えませんが…

また、乗用自走移植機はゴム板で強く挟み込んで植えて行くため、これも操縦者の技術によりますが定植の精度が高く、補植が最低限で済むという利点があります。補植専門の人が付き添う必要もありません。

乗用自走移植機は価格も全自動定植機に比べ価格も半分以下ですので、複数台の使用で更なる定植のスピードアップを狙えます。1人1台の定植機で高い機動性を持ち、乗り込むことで疲労を軽減、整備は簡単、補植は最低限と良いことづくめです。

しかしそれなのに乗用自走移植機はなぜ普及しなかったのか。それは技術が必要だからです。両足のペダルとクラッチで操縦をしながら苗をゴム板に入れ込んでいくという作業は意外にも難しいです。

技術の継承が難しい農業の世界では、難儀な道具は卓越した使い手がいなければたちまち淘汰されてしまうのです。しかし、その技術を習得すれば一生ものの財産になり得るのです。導入できるのであれば、挑戦する価値はあると思います。

中耕追肥の作業性

中耕と追肥を同時に行うリッジャーを採用。革命的だ

地床苗は育苗時の根切りによって根張りが強く、活着力に優れ最適な条件で定植ができるため、土壌内部の水分を活かすことで灌水が少なくて済みます。灌水はすればするほど地表面が硬質化し、その硬質層は次第に厚くなっていきます。

硬質層が厚いと中耕や追肥の作業性が著しく悪化します。その点で灌水頻度を最小化できる地床苗は、中耕や追肥の作業性を向上させることができるのです。

それでは今回はここまで。ありがとうございました。

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