先日、Xで「日本はオーガニックと言われるものでも使える農薬が137種類もある、というポストを見かけました。
そこには画像が添付されており、農薬の具体的な種類にまで分けて述べられているので説得力もありそうです。これを見た時、例えばオーガニックの先進地域と言われるEUでは何種類使うことができるのか、単純に興味が沸いたのが今回のきっかけでした。
画像の根拠を探る
ポストに貼られていた画像はこちら。
137種類の農薬が使用を許可されていると確かに記載されていますね。
まずはこの情報の元データを探したのですが…
Google検索では見つかりませんでした。選ばれし者にしか辿り着けない情報なのでしょうか。
しかしこれでは検証も何もなくなってしまうので、ダメもとでX(旧Twitter)でフレーズ検索をかけてみました。
すると…
ヒットしました〜!2件が丸きり同じ文章で見つかりました。
ひめい(@himeiyy)さんとBULLET(@nbe222)さんがポストしています。前者が2023年11月、後者が2023年12月に発信していることから、2アカウントが同一人物ないしはBULLETさんがポストを拝借した可能性がありそうです。
まあそんなことはどうでも良いので内容の情報源を探ります。しかし、お二方とも出典の記載はなし。どちらも万を超えるフォロワーさんのいるインフルエンサーなだけに、根拠もなく情報を垂れ流す真似はしていないと信じたいものですが些か心配ではあります。代わりにもう一度頑張って探すことにしました。
違和感の正体
まず内容を良く読み込みます。
・有機JAS認証において使用が許可されている農薬の種類は137種類
・殺菌剤が59種類、殺虫剤が55種類、殺ダニ剤が10種類、殺貝剤が1種類、殺線虫剤が2種類、忌避剤が2種類、その他の農薬が4種類
59 + 55 + 10 + 1 + 2 + 2 + 4 = 133
……ん?
おかしなことに具体的な記載の和(133)と総数(137)が合致しません。何か忘れてしまったのでしょうか?あるいは…
いずれにしろこのポストの信ぴょう性が若干怪しくなってきたので、有機JASで使える農薬を片っ端から調べることにしました。
一覧の載ったサイトと比較
というわけで皆様ご存知、農文協が運営するルーラル電子図書館を訪れました。すると、有機JASで使える農薬がリストアップされたページがあるではありませんか。このあたりから引っ張ってきたに違いありません。
というわけで1つずつ項目を書き出して種類別に分けてリスト化してみたのがこちら。
さてどうでしょう?全体数は135種類とかなり近いです。農薬には失効や適用拡大もあるので、最新のデータと若干のズレが発生する可能性を考慮すれば当たらずとも遠からずではないでしょうか?
しかし具体的な内訳としてはまず殺菌剤の種類が件の内容が59種類なのに対しこちらは39種類。種類別だと少し違ってきてしまうようです。
さて、ここまで考えて何か気づく方もいらっしゃることでしょう。それは…
数えるべきは成分名であって商品名ではない
そう、農薬には成分がほとんど同じでも商品名が違ったりするものがいくつもあります。農薬の種類というのは「商品名」ではなく有効「成分名」の数で勘定するのが筋というものでしょう。
現に有機JASの認める使用許可農薬も、EU欧州委員会の資料にも許可するとしている一覧は「有効成分名」で記載されています。
当然と言えば当然。当たり前過ぎて気づくのが遅れました。
本当の比較
それでは日本の農林水産省が定める有機農産物の日本農林規格と、欧州委員会施行規則((EU) 2021/1165)に定められている使用可能農薬を比較してみましょう。
如何でしょうか?意外なことに日本が34種類なのに対しEUは59種類と、EUの方が使用できる農薬の有効成分の種類が多いようです。
ただ、EUは農薬(pesticide)という表記ではなく、植物保護剤(plant protection)という表し方をしている点に、意識の違いを感じさせられました。
微妙に基準にも違いがあるのでしょうか、雑草である「スギナ」や「ビール」等、それって植物保護剤になるんかいとツッコミたくなるような項目もありました。
それらについて深く調べるのはまたの機会にして、それらのような項目を差し引いてもEUの方が使える農薬(ここでは便宜上”農薬”)が多いのは驚きました。
ちなみに使用が許可されているからといって、リストの端から端までくまなく使う必要も、使わなければならないというわけでもありません。必要な場合に必要なだけ使うのです。
まとめ
大切なことを先に。使用が許可されている農薬が如何に多かろうとも、それが即ち農産物の安全性を脅かすわけではないということは十分に留意しておいてください。
その上で
・件の内容の有機JASで使える137種類の農薬は商品名の数であり、具体的な種類の総数と合致しないなど杜撰なデータであること ・異なる商品でも同一の成分であったり、EUや日本の各種資料でリストアップされている「有効成分」での比較が妥当 ・有効成分の数ではEUが59種、日本は34種という結果
こんなところでしょうか。
ちなみに有機農産物には「有機同等性」というものがあり、国家や地域間で有機の認証体制等について「同等性」が認められれば、他国地域の有機認証を自国と同等のものとして取り扱うことが可能です。(下図)
EUと日本で使用できる農薬の有効成分には同じものもたくさんありましたが、異なるものも少なくありませんでした。
それでも同等性が認められているということは、農薬/植物保護剤の使用如何に関わらず有機農産物としての価値が認められるということに他なりません。
慣行農業・有機農業を問わず農薬の使用量や種類の多寡を槍玉に挙げて危険性を訴える悪質な情報発信が跳梁跋扈している今般。それらに惑わされることなく、常に一歩引いて考える姿勢を持ちたいものですね。
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