「廃棄するならちょうだい!」
「捨てるくらいなら半額でも売れば良いのに」
「規格なんてそもそも要らないのでは?」
世間の脚光を浴びて久しい「規格外・廃棄」農産物。度々フードロス削減活動のテーマとして取り上げられ、多くの方に知られていることでしょう。
やはり、食べられるのに捨ててしまうなんて「もったいない」。だからもらおう、売ろう…
中には「もらってあげる・もらってあげてもいい」と言われたことのある農家さんもいるようです。
実はもったいないという考え方を「農業」という業界にいたずらに持ち込んでしまうと”より”もったいなくなってしまうことがあるのです。
規格外に対するこの認識の違い、あるいは知識不足が、事ある毎に勃発する「規格外論争」の原因ではないかと考えています。
今回は一般の方にも分かりやすいようになるべく専門的な用語の使用を避け、あるいは語句の解説をしながら説明を試みます。
規格の「き」
今回仮想の農産物【ミラクル】を例に規格の基本を解説していきます。リンゴじゃないよ。
とりあえずミラクルには規格が2通り、「A品」と「B品」、そして「規格外・廃棄品」があります。
それぞれのカテゴリーの特徴は図の通りです。ざっくりとイメージを掴めたでしょうか?
農産物によってはA品、B品の他にC品があったり、A品を「正品」や「秀品」、B品を「優品」と言ったりしますが、今回はA品、B品、規格外・廃棄品だけに絞って説明していきます。
ここで最も重要なのは、A品だけでなくB品も「規格内」のものであるということ。よくあるのがB品=規格外という間違いで、B品は基本的にBという規格の内に収まるものとなっています。
規格外はそのほとんどが「廃棄野菜である」という認識を持って頂きたいです。
農産物のコスト計算
さて、それではそれぞれの等級のコストをざっくり計算してみましょう。実際はこんなに単純ではありませんが、あくまで誰もがイメージできるようになるべく簡素にしています。
① 売上
1個あたり売れた時に手に入る金額です。A品の売上を100円とします。B品は少し見た目に傷などがあるため、値段はA品の半分、50円です。C品は大きな傷や深い虫食いがあり食べられる部分も減ってしまっているので1個あたり10円しか手に入りません。
② 資材費
1個の農作物を栽培するために必要な資材のコストです。種や苗、水や肥料、農薬だけでなくトラクターの燃料やマルチングのビニール等全ての資材費用が該当します。これは結果的に作物がどんな規格等級になろうと基本的に一律にかかってくるコストなので、今回は全て「10円」で計上します。
③ 人件費
様々な資材を使って栽培〜出荷まで行う労働のコストです。収穫以前の段階では1個あたりの人件費が区別し難い上、およそ差異がないので割愛し、収穫以降の段階を計上します。A品の人件費を10円とすると、B品は20円です。
これはB品という時点で、A品なのかB品なのか、それとも規格外なのかという判断を下す時間を必要とするためです。A品は通常全体の大半を占め、世間のイメージ通りの見た目なので生産者は一目で判断することができますが、それ以外はどの規格に行くかの見極めを迫られるのです。さらにB品以下は品質を維持するために損傷部位を取り除いたり、病害に侵された部分を除去する必要があるので余計に手間がかかります。
B品はもちろん、規格外・廃棄品も実際には食べられる部分=可食部が残っています。仮想作物「ミラクル」のB品は8割、規格外品は3割程度の可食部が残存しているとしましょう。虫食いや病気に侵された部分を取り除く作業があるので、より可食部の少ない規格外品はA品の3倍の人件費がかかります。
④ 輸送費
収穫して品質によって選別を終えたら、今度はそれを売る場所へ運んでいく必要があります。これが輸送費です。輸送費に関してはどれも同じかに思えますが、実際は少し違います。
仮想作物「ミラクル」の場合、正品とB品は輸送費が10円と変化はありませんが、規格外・廃棄品を輸送する場合には20円と倍かかります。これは正品やB品と比べて痛みやすく日持ちもしないのでより繊細な扱いが必要です。また、
傷んだ部分をカットしたりするので形がまばらになり、決まった箱にきっちり収められる正品と違い、空間的なロスが生まれます。これらの理由から、輸送費が割高になってしまうのです。
生産者の利益はどうなの?
単純計算で上述の①売上から②〜④を差し引くと、それぞれの規格は
A品:100 – 10 – 10 – 10 = 70円
B品:50 – 10 – 20 – 10 = 10円
規格外・廃棄品:10 – 10 – 30 – 20 = -50円
という計算になります。
あくまで一例ですが、無理をして規格外・廃棄品を売ろうとすると、かえって売れば売るほど損をする構図が確認できたかと思います。生産者は品質の良い作物を安定して世の中に流通させるために努力し、その対価としてお金を稼ぎます。
農業は食料という人間になくてはならないものを生み出す尊い職業とも言えます。しかしそこに従事する人々もまた人間であり、健康で文化的な最低限度の生活を送りたいと望むのです。生活を守り、家族を守るために生産者は「農」を「生業」とするのです。ここを見落とすと、農家は奴隷のそれと大差ない扱いになってしまうことでしょう。
それでは、私たち消費者、また生産者は規格外・廃棄品をどうすることが1番良いのでしょうか?いくつかケースを考えてみましょう。
捨てる?あげる?どうする?
3つのケースを想定します。
【規格外・廃棄品をそのまま捨てる場合】
この場合は当然売上はゼロです。それでも栽培にかかる肥料や農薬などの資材費(10円)、選果調整にかかる人件費(10円)はかかってきます。輸送費は廃棄場所までは運ぶものの物流企業等を経由する訳ではないので0円となります。よって、純利益は-20円。
しかしながら田畑に廃棄した場合粗大有機物として土壌改良・肥料等の効果をもたらすこともあり、定量化は難しいもののプラスに働く部分があるという点は見落とせません。
【タダでくれ!と言われタダであげる場合】
この場合諸経費はそのままかかる上、タダでもらった人は仮想作物「ミラクル」をスーパーで買わなくなります。これは巡り巡って、生産者が出荷しているA品の売り先を減らしてしまうことを意味します。
よって、売上以上に生産者は損をしてしまう可能性があるだけでなく、品質の悪いものをあげることはクレームを受けるリスクも大きいので、その対応をする時間的・精神的な負担も考えられます。
見ず知らずの人にタダであげてしまうのは、想像以上にデメリットが大きいのです。
【おすそ分けの場合】
こちらも諸経費はそのままかかりますが、友人・知人へのお裾分けというのは周囲との関係性を良好にするという点で定量化できないメリットがあります。農家同士の物物交換もこれに近い効果があると言って良いでしょう。
「おすそ分け」生産者の近くに住むことでのみ得られる特権なのかもしれませんね。
時間的損失
その他にも、正品とそうでないものとでは、販売までの収穫選別時間に違いがあります。一般的に虫食いや病害、傷の著しいものほど作業時間がかかるため、生産者の余裕を蝕みます。
農産物というものはどれも収穫の「適期」が存在し、収穫に適した期間より早すぎたり遅すぎたりすると、A品でとれたはずのものがB品になったり、最悪の場合規格外・廃棄品になってしまいます。
時間のかかる規格外・廃棄品を無理して売ろうとすると、明日、明後日、未来に取れるであろうA品を失ってしまう可能性があるのです。
そのために生産者はなるべく一定数を長期間収穫し販売できるように、適期の異なる品種や作物を育てる「リレー栽培」を行うのです。
まとめ
如何でしたでしょうか。規格外・廃棄品を無理に売ろうとすることが生産者にとってどれほど持続性がないか、写真のようにまだ食べられる部分のあるたまねぎが畑になぜ捨てられるのか、ご理解頂けたのであれば幸いです。
日本の生産者、果ては農業を守る最善の行動は、少なくとも生産段階における規格外や廃棄品を「フードロス」と称して拾いあげることではありません。
小中学校など、教育現場における取り組みとして誤ったフードロス問題に注力することなく、本当にやるべきことは何か、一般の人にとってフードロス問題にどう取り組むべきか、よくよく考えて頂けるきっかけとなることを切に願っております。
コメント